【70代一人暮らし】節約のつもりが逆効果だった7つ|今の暮らしを守る見直し方
藤棚の花房がゆったりと垂れ下がり、紫色の甘い香りがふわりと鼻先をかすめる季節になりました。四月も下旬に入り、ベランダに出るだけで新緑と花のにおいが入り混じった、やさしい風が迎えてくれますね。近所のお宅の牡丹の蕾もふっくらと膨らんで、次の見頃を静かに待っております。
片付けマダムすみ子でございます。今日は、七十二歳でひとり暮らしをされている知人・鈴木慶子さんのお話をもとに、「節約のつもりが、実は暮らしを逆に重くしていた七つのこと」についてお伝えしてまいります。慶子さんはこうおっしゃっておられました。「節約だと信じて続けていたことをやめてみたら、体力も心の余裕も、家の中のゆとりも戻ってきて、暮らしは思った以上に軽くなりましたの」と。
一つ目 数百円のために体を削る節約
慶子さんが最初に見直されたのは「数百円のために自分に無理をする節約」でした。数年前までの慶子さんは、光熱費を少しでも減らしたくて毎月細かくチェックし、電気代が少し下がるとほっとし、反対に数百円でも上がると「どこをもう少し削れるだろう」とそればかり考えていたそうです。
冬は暖房を控えめにして厚着を重ね、お風呂の残り湯を水道代節約のために洗濯機にバケツで何度も運んでおられた時期もあったとか。でも、ある寒い朝、重いものを持ち上げた時に肩に鋭い痛みが走りました。その日は一日、着替えをするのも腕を上げるのも辛くて、「ああ、前と同じようにはいかないんだ」としみじみ感じたそうです。
若い頃は少しの無理はやり過ごせましたが、七十代になると回復に時間がかかります。目先のお金を守るために体を削ることは、結果として一番高くついてしまうのだと、身にしみて感じられたのだそうです。寒い日はきちんと暖房を使う、重いものを何度も運ばない、体を冷やさずに過ごす。これらは贅沢ではなく、これからの暮らしを守るための未来への投資なのでございますね。
二つ目 冷蔵庫をぎっしり満たす節約
二つ目に見直されたのは「お得だからと食材を買い込みすぎる節約」でした。慶子さんは以前、自炊こそが一番堅実な節約だと信じ、半額シールの貼られたお肉を見ると「今のうちに」とつい多めにかご入れしておられたそうです。特売日やポイント二倍の日には、予定になかったものまで足してしまうことも。
ある日、冷凍庫の奥でカチカチに固まった鶏胸肉に手が止まりました。冷凍焼けしてスポンジのような食感になっており、とても美味しく食べられる状態ではなかったのです。「安く買えたつもりだったのに、最後まで使いきれなければ、それは結局お金を捨てていたのと同じこと」。捨てるしかないお肉を見た時、慶子さんは胸の奥がずしんと重くなったそうです。
買い物の習慣も見直されました。以前はネギがない、豆腐がないと、その度にスーパーへ行っておられた。でも一度入店すればそれだけで終わるはずもなく、お菓子や安売り品まで一緒にかご入れしてしまう。気づけば冷蔵庫はいつもいっぱいで、中に何があるのかも見渡せない。
今は「あるものをまず使い切ってから買い足す」ようになさり、スーパーへ行く回数も余計な買い物も減りました。冷蔵庫の中が見渡しやすいだけで、買い物も献立もシンプルになり、台所仕事まで前より楽になったのだそうです。「今日はこれで十分」と思える日があってよい。たまにはお惣菜や宅配サービスを使ってもよい。節約とは安いものを多く買うことではなく、使い切れる量だけを持つこと。それは「手を抜くこと」でも「無駄遣い」でもなく、これからの暮らしを守るやさしい整え方でございます。
三つ目 古いものを我慢して使い続ける節約
三つ目は「古いものを我慢して使い続ける節約」でございました。ある時、掃除機をかけ終わった後、慶子さんはしばらくその場に座り込んでしまわれました。重い道具を動かすことそのものに疲れてしまっていたのです。若い頃なら少し重くても、面倒でもそのまま使えていた道具が、今は肩や腰に残ってしまう。
古いものには使い慣れた良さもあり、長く付き合ってきた安心感もあります。ただ、今の体には少し重い、動かすのが大変、使うたびに気を使う。こんな風に今の暮らしに合わなくなっているものは、優しく見直してもよいのです。
慶子さんは掃除機をコードレスの軽いものに買い替えられました。取りかかりに気合がいらなくなり、音も静かで、前よりずっと楽に動けるようになった。そしてお姑様から頂いたタオルも、長い間しまいっぱなしでしたが、思い切って普段使いに下ろされました。お風呂上がりにふわっとしたタオルで顔を包んだ時、胸の奥がほっとしたのを今でも覚えておられるそうです。「物を大切にすることと、自分を雑に扱うことは違うのだ」とやっと気づいたとおっしゃっていました。
四つ目 安さだけで日用品を選ぶ節約
四つ目にやめたのは「安さだけで日用品を選ぶ節約」でした。台所回りの消耗品は買い替えサイクルも早いので、メーカーやブランドにこだわらず、少しでも安いものを選べば節約になると思っておられたそうです。
例えば百円均一で見つけたラップ。端が見つけづらくて綺麗に切れず、そのたびに地味にイラッとすることが増えました。食器用スポンジも同じで、安いものはすぐにへたって取り替える回数が増えてしまう。「それは節約ではなく、暮らしの負担を増やしていただけでした」と慶子さん。
もちろん安い日用品そのものが悪いわけではありません。ただ、毎日使うものだからこそ、「使いやすいか」「すぐ傷まないか」「長く使えるか」という視点で見てみると、少し高くても無駄も手間も少ないことがある。今は使い慣れたメーカーのものに戻し、無理のない範囲で選ぶようにしておられます。ラップ一つ、スポンジ一つ、使うたびの小さな引っかかりが減るだけで、台所仕事が前よりぐっとスムーズになるのでございます。
五つ目 安さで服や身なりを選ぶ節約
五つ目にやめたのは「今の自分に似合うかよりも安さを優先する節約」でございます。在庫処分やセール品という言葉に惹かれて、つい買ってしまうことがあった慶子さん。でも家に帰ってハンガーにかけたまま、一度も袖を通さない服が少しずつ増えていったそうです。
タグのついた服を見ながら、慶子さんは静かに考えられました。「安く買えたはずなのに、なぜか手が伸びない。色が落ち着かない、丈がしっくりこない、手持ちの服とも合わせにくい」。そんな違和感に気づいた時、「今の私に必要なのは、着心地が良くて動きやすい服なんだ」と気づかれたそうです。
髪についても同じようなことがありました。以前は「黒い方が若々しく見える」と思って利用美容室には行かず、市販の白髪染めを使っておられた。でも今は、無理をして染め続けるより、グレーヘアを自然に受け入れた方が、ご自分にはしっくりくるし、気持ちまで軽くなると感じておられます。もちろんどう整えるかは人それぞれですが、それがだんだん負担になっているなら見直してよろしいのです。
本当に大切なのは、安く買うことではなく、今の自分に似合うか、心地よく使えるか。「安いから」「周りがそうしているから」「もったいないから」、理由がそれだけだと、後から違和感が残ることがあります。見栄を手放し、自然体でいられること。それもこれからの暮らしを守るやさしい節約でございます。
六つ目 収納を買い足して解決しようとする節約
六つ目にやめたのは「収納を買い足して解決しようとすること」でした。慶子さんはずっと「部屋が片付かないのは、しまう場所が足りないからだ」と思って、棚やチェストを買い足しておられた。捨てるかどうか迷うより、しまう場所を増やした方が気持ちが楽だったのかもしれません。でも実際には、片付けたのではなく「見えない場所に移していただけ」だったのです。
しばらくすると、また物が増えて、増やした収納の中もいっぱいになり、掃除の手間も増えて部屋も狭く見えるようになりました。背の高い棚や増えた家具を見ていると、「地震が起きたらどうなるんだろう」という不安までよぎる。安く手に入れたつもりでも、捨てる時には処分費用がかかるし、運び出すにも体力がいります。
「片付けるために増やしたはずのものが、逆に暮らしの負担を増やしていた」。そう気づいた慶子さんは、自治体のごみ回収に申し込んで、買い足した棚や小さなサイドテーブルを思い切って手放されました。数千円の処分費用はかかりましたが、「それは『収納を増やせば片付く』という思い込みを手放すための勉強代でした」とおっしゃっていました。物を減らした部屋は驚くほど広く感じられ、掃除もしやすくなってつまずく心配まで減っていったそうです。
七つ目 時間と気力を使いすぎる節約
最後に見直されたのは「目先の安さや過去のものを守るために、これからの時間や気力を使いすぎてしまうこと」でした。昔は少し遠くまで買い物に行ったり、スーパーをはしごして一番安いものを探したり、それも楽しみの一つとしてやりくりしておられた。でも今はどうでしょうか。数百円のために長く考え込んだり、時間をかけて買い物に行ったりすると、その後の疲れの方が大きいこともあります。
もちろん運動のために、頭の体操のために、気分転換として楽しくできているなら、それが一番です。ただ、義務感で疲れてしまう、節約で気持ちがギスギスする。そんな日が増えてきたら、それは見直す時期なのかもしれません。
「もし万一のことがあったら、自分のものは誰が片付けるんだろう」。そうふと思うようになってから、物との向き合い方も変わったそうです。目の前のものは本当に今の自分を助けてくれるのか、それとも場所や気力ばかりを使っているのか。そう見直していくうちに、「節約とはお金を減らさないことだけではなく、自分の時間、気力、そして心と体の健康も大切な資産として守ること」だと思うようになったのだそうです。
なぜ七十代の私たちは「節約の我慢」をやめられないのか
ここで少し、心理の話をさせてくださいませ。七十代の私たちが、どうして「節約の我慢」をやめにくいのか。そこには、昭和の時代から染みついた価値観がそっと横たわっております。
一つは「我慢は美徳」という刷り込みです。戦中戦後の物のない時代を知るご世代は、「残すこと・使い切ること・節約すること」こそが尊いと学んでこられました。その価値観は本当に尊いものですが、今の七十代の体力や、令和の物価とは、残念ながら合わない場面も出てまいります。
二つ目は「お金を使うことへの罪悪感」。年金で暮らしている以上、少しでも減らしたくない、手元に残したい。その気持ちは自然なことです。でも、数百円のために体を壊したり、気力を使い切ってしまったりすれば、結局はもっと大きなものを失いかねません。「お金を守る節約」と「体と心を守る節約」は、時に正反対の方向を向くのでございます。
三つ目は「若い頃の自分」をずっと基準にしてしまう癖です。かつて一時間かけて安売り品を探せた自分、重い灯油タンクを平気で運べた自分。あの頃の自分と今の自分を比べて、できないことが増えるたびに悲しくなる。けれども七十代の私たちに必要なのは「若い頃と同じやり方を維持する」ことではなく、「今の自分に合う新しいやり方に、そっと着替えること」なのでございますね。
これからの節約は「心地よさを残す節約」へ
これまで大事に保管してきたものも、続けてきた節約も、その時々のご自分を支えてきた大切な経験でございます。否定するものではまったくございません。だからこそ、「前と同じように頑張れなくてもいい」「今の自分には少し合わなくなってきたかもしれない」。そんな小さな気づきが、これからの暮らしを整え直すきっかけになるのでございます。
慶子さんが今、一番大切にしておられる基準はこれです。「数百円のお金と、自分の体力・気力・笑顔、どちらをより大切にしたいか」。この問いを自分に投げかけるだけで、我慢すべき節約と、手放すべき節約が、静かに見分けられるようになるのだそうです。
冷蔵庫のぎっしり詰まった中身を少し減らして風通しをよくすること、重すぎる掃除機を軽いものに変えること、サイズの合わない服を思い切って処分すること、使っていない収納棚を手放すこと。どれも最初は少しの出費やエネルギーがかかりますが、その先の毎日が驚くほど軽くなります。
七十代のこれからを守るのは、「無理して貯める節約」ではなく、「心地よさを残す節約」。今日一つだけ、ご自分に合わなくなってきた節約を見直してみてくださいませ。きっと、お財布の重さ以上に、心の軽さが戻ってくることと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。




